一読総合法とは


 「一読総合法」とは,それまで広く現場で実践されてきた「三読法」「三層方」などの段階的読みにたいして,わたしたち児童言語研究会が,1960年代の初めに主体的な読みの指導法として提唱し,そして現在も実践・研究を深めている授業方式です(最初の書籍は『読解指導過程――国語教育の体系化その2』:1963年出版)。従来の読みと根本的に異なるところは,読みの最初の「通読」をしないということです。従来の読みは,まず「通読」して全体を総合的に把握し,そのあと「精読」と称して分析的に究明していく「総合→分析」の方式です。それに対して,「一読総合法」は「分析→総合」の方式なのです。
 <読みは,一文一文の総合として進んでいく>と,わたしたちは考えます。(一文を次の一文と総合させる基礎は個々の文の分析にある。)読みの初めの部分を「立ち止まり」つつ分析しながら読み進め,それまでの部分を含めて新しく総合し,とゆうように「分析→総合」をくりかえし,文群の総合→段落の総合→全文章の総合という読みの過程をとるのです。

 「一読総合法」の授業は,二つの過程で構成されます。一つは「ひとり読み」の過程,二つは「話し合い・集団の読み」の過程です。それに,「立ち止まり」という重要な要素が加わります。それぞれの具体的な内容については,順次説明していきますが,わたしたちは月に一度例会(通常第3土曜)をもっているので,気軽に参加して,教材分析の仕方を体験してみてください。(ホームページの「活動予定」を参照)



<立ち止まりについて>
 一読総合法は「通読」をしないことを先に述べました。ですから,適切なところで立ち止まることになります。「適切なところ」とはどこか,これが重要な点ですが,作品・文章(教材)によって異なります。また,読み手である子どもたちによっても異なります。指導する教師によっても異なります。
 どのような教材でも,「題名」で立ち止まることはほぼ共通です。「題名読み」といいます。
 この最初の立ち止まりは,これから読み進める教材への興味・関心をもたせるためのもので,文学作品と説明的文章とでは,「題名読み」の分析の仕方が異なります。題名のつけ方が違うからです。文学だと作品のテーマを象徴するようなものや暗示するようなものが多いのですが,説明的文章では,内容を概括したものや説明の対象・題材が直接書いてあるものがほとんどです。だから,読みの姿勢づくりの仕方が違うのです。

 次に立ち止まる範囲の決め方ですが,下記のように三つの観点から考えます。

  • 教材文のまとまり(文章構造からみて無理がないか)
  • 子どもたちの読みの力(語彙力,文法的能力,話し合いの力,からみて無理がないか)
  • 教師の指導のねらい(目標達成のために,学習活動を組織するうえで無理がないか)

 指導上の配慮として,「一文立ち止まり」から初めて,少しずつ立ち止まりの範囲を広げていくことが大事です。読み取りに困難が予想されるところでは,立ち止まりの範囲を少なくして,時間をかけて細かく読み進めることが必要です。

「立ち止まり」という用語は,
  • 1時間分の「授業範囲」を決めるテキストの内容を指す,場合と
  • 授業の仕方で,本時分を数回に分けて扱う場合に使う(「一文立ち止まり」など),場合とがあります。


<「立ち止まりの範囲」を決める手立て>
Q. 「立ち止まりの範囲」を決める手立てについて,もう少し詳しく説明してください。

A. 授業を組織するうえで「立ち止まりの範囲」は非常に重要な要素です。このことをまず確認しておきます。
 
すでに説明したように,「立ち止まりの範囲」を決める視点は3点あります。

①教材文のまとまり(文章構造からみて無理がないか)
②子どもたちの読みの力(語彙力,語法・文法的能力,話し合いの力,からみて無理がないか)
③教師の指導のねらい(目標達成のために,学習活動を組織するうえで無理がないか)

この3点のどれも,教師が判断するわけで,何か基準になるものがないか,というのが質問の趣旨かと思います。
①については,教材文ですから,特にむつかしくはないでしょう。
 文学作品だと,場面がめやすになります。
 説明的文章だと,段落がめやすになります。
②,これはとても重要な要素ですが,とてもむつかしい問題です。
 語彙力は子どもの成育歴によって差が大きいのです。教科書は,漢字については基準(学習指導要領)があるので配慮していますが,語彙については基準がないので,積み重ね・系統性はほとんど無いにひとしいようです。
『国語教育のための基本語体系』(1957年),『新教育基本語彙』(1983年)など語彙についての調査は以前からありますが,その調査結果がどこまで参考にされているのか,わたしにはよくわかりません。同じ文学作品でも,教科書会社によって掲載学年が異なることがあります。担任している子どもたちについては,日常の観察や作文によって,ある程度判断できます。児言研は『言語要素指導』(1964年),『言語要素とりたて指導細案』(1965年)など早くから提案していますし,「論理語彙」については一覧表にして提案しています。                             語法・文法的な知識や話し合いの力はこれまでに指導した内容がめやすになります。
文法指導については最新版『たのしい文法の授業』(2009~2010年)がありますし,話し合いについては『話し・話し合いの系統指導』(1979年)があります。参考にしてください。
③,教師は①②をふまえて指導目標を決めるわけですが,そのための手続きとして「教材分析表」をつくります。
文学作品の分析項目は,(2011現在)「注意する表現」「人物・場面・書きぶり等の読み取り」「関連」「短い話しかえ(概念化)」「感想・意見だし」「備考」です。
説明的文章の分析項目は,「段落」「文章構造」「読み取ってほしい内容」「注意する表現」「学習活動」「備考」です。
この「教材分析表」をつくることがポイントですが,それが一人ではむつかしい場合は,共同で作業するのがいいでしょう。(例会はその場を提供しています。)これをもとに,指導目標と立ち止まり範囲を決めます。
なお,教材プリントは,◎立ち止まり範囲の教材本文と◎授業で作業すること(書き出し)を配置して作成します。

<補説>
「教材分析表」をつくるのは時間と動力がいるので,わたしが実行している簡便法を紹介します。
名づけて「三色分析」:3つの分析視点で,教材文に棒線を引いていく。
①作品世界・文章を構成する重要なことがら,語句・文(テーマ,論旨に関係ある部分):赤色
②授業で,子どもたちと話し合い・討論したいことがら,語句・文(読みを深める部分):青色
③語法・文法・レトリック(表現形式)に注目させたいコトバ(表現効果,作文に活用できる部分):緑色

同じような内容ですが、こんな説明をする人もいます。

立ち止まりの範囲は、次のようなことを考慮して決めます。
1.
○作品の描かれ方
○意味のつながり
○段落の関係
2.
○読み手の興味・関心
○読みの力

立ち止まりの決め方は、
①子どもの実態から、1時間のじゅぎょうで把握できるであろう文章の量を考える。
一つの立ち止まり全体を見渡して考えられるかどうか。
②内容にある程度まとまりのある部分。
③立ち止まることによって読みの意欲づけを狙いとすることができる位置。
以後の展開を予想することによって、より楽しく読みに取り組むことが可能と考えられる部分。

<「一読総合法」の基本過程である「ひとり読み」と「話し合い(集団の読み)」について>
 「一読総合法」は,<通読しない>ということだけでなく,<必ず「ひとり読み」をする>ことが重要な点です。読み手である子どもたちが,まず文章に直面する。先生の発問に媒介される前に,自分の生活をくぐらせた感性(直接・間接経験)に従ってコトバを受け止める。このことがとても大事なことです。そのあとで,クラスのみんなとの「話し合い(集団の読み)」に臨むのです。この順序が「一読総合法」の要です。
 「ひとり読み」は,かならず「書き込み」や「書き出し」をしながら進めます。
  • 「書き込み」とは,教材文の横に短い語句・文で書き込んでいくことです。
  • 「書き出し」とは,テキストの指定の場所にひとまとまりの文・文章で書いたり,ノートに書いたりすることです。
 「書き込み」や「書き出し」は,「基本作業」という分析視点に基づいておこないます。もちろん,それ以外の反応を自由に書くことも大切にします。頭の中に浮かんだことをコトバにして,書き留めておく(外在化)ことは,とても重要な作業です。

 「基本作業」は,教材文の分析視点・切り口の参考として子どもたちに提示します(教師がやって見せる)。手がかりを示さずに「さあ,ひとり読みを始めましょう」と言っても,どんなことを書けばいいのか,経験のない子にはわからないからです。この作業は,文学と説明的文章とで異なりますが,表象化・具体化,概念化・一般化,感想・意見だし,小見出しつけ・プランづくり,が基本的なものです。
 この基本作業で書き込んだ内容に記号をつけます。次の過程である「話し合い(集団の読み)」で「前置き発言」に活用するためと,自分自身の分析の確認のためでもあります。この記号も,学年・教材によって異なります(必要な記号は,クラスで約束して決める)。
 通常よく使われているものを例示すると,共通するものには
(?)(わからないコトバ・ことがら)
(←)(→)(前後の文との関係づけ)
※(自分の体験・経験との関係付け)
(書)(書きぶり。語句レベル)
(作)(筆)(文章全体の構造)
(感)(感想)
(意)(意見)
(予)(次の展開の予想)
文学作品では,
(気)(登場人物の気持ち)
(様)(場面・人物の様子)   などなど。
説明的文章では,
(知)(知っていたこと)
(初)(初めて知ったこと)
(も)(もっと知りたいこと)  などなど。

 次に,「話し合い(集団の読み)」について説明します。
 ロシアの心理学者ヴィゴツキーは「最近接発達の領域」という概念を提示しています。これは,「今の発達水準」(子どもが自分一人で解決できること)に対して,「次に続く発達の領域」「成熟しつつあるもの」を意味し,共同で,子ども同士あるいは教師の援助によって解決できる領域のことです。これで読みの学習における「話し合い(集団の読み)」の位置づけがわかると思います。
 子どもたちは自分の「書き込み」や「書き出し」をもとに,読み取ったことを発表し,それについて,意見や疑問を交流しあうのです。一人ひとりの読みは,この過程で集団的に検討され,浅い読みやあいまいなイメージ,おざなりの感想・意見,誤った読みなどが,子ども同士(教師の助言を含む)の力で確かめられ,深められ高められていくのです。
 この過程では,全員がお互いを尊重しながら積極的に話し合い・討論に参加できるように,ルールを決めておくことが重要です。ルールは,最初教師から提示しますが,必要に応じて,子どもと相談しながら増やしていきます。

「話し合い(集団の読み)」のルール
①発言するときに気をつけること
  • 発言者は,みんな(クラス集団)の方を向いて話す。
  • 発言者は,教室の一番遠くの人に届くように話す。(声の大きさと勢い)
②発言を聞くときに気をつけること
  • 発言者の方を向いて聞く。
  • 発言を聞いていることをからだやコトバで表す。
  • 発言は終わりまで聞く。(必要ならメモをとる)
③クラスメイトの発言につなげて言うコトバ(「前置き発言」)の例
  • 「〇〇さんにつけたして言います」
  • 「〇〇さんに確かめたいことがあります」
  • 「〇〇さんに質問します」
  • 「〇〇さんに反対の意見です」
  • 「〇〇さんを助けて言います」
    (「〇〇さん」には「先生」もはいる)
④学習を進める発言の例
  • 「今話し合っていることを整理してください」
  • 「今問題になっていることを,教えてください」
  • 「次のこと(話題,場面)に進みましょう」

<この過程での教師の役割>
 一読総合法では子どもの主体性を大事にしながら授業を組織するので,教師の読みを押し付けないよう留意することが重要です。しかし,子どもたちの話し合いで読みが混乱したり,深まりそうにない場合には,教師は積極的に関わらなくてはなりません。適切な助言や補説,発問をして,子どもたちの話し合いを組織することが教師の重要な役割です。討論の場を設定することも大事です。
 また,常に全員で話し合うだけでなく,ペア学習,グループ学習を適切に組織することが必要です。

<話し合い(集団の読み)の指導>について
 「一読総合法」という「読み」の指導方法は,学級集団?学習集団の現実に依拠しています。このことについては,これまでもふれていますが,それはあくまでも基盤についてのことで,その上に営む「授業」のための技術は別に考えなくてはなりません。その一つが<話し合いの指導>です。
 
話し合いの基盤をつくる。
◎「授業はみんなでつくりだすもの」という意識・姿勢を培うこと。
 みんなで創り出せば(それぞれに参加すれば)授業は楽しいものになり,豊かになることを実感する。
◎子どもたちのあいだに「応答関係」を築くこと。
 他者が視野にはいってくる。自分を見つめる機会・場がふえる。
◎「学級通信」「(教材名)通信」を発行して,授業中に発言しなかった(できなかった)子の意見をみんなに知らせること。
自分の意見がみんなに知られることで,自尊感情が育まれる。

1.書きこみはしているのに発表しない子の指導
 ○書きこみをしている時(ひとり読み)に見て回って,ほめる。
 ○自分なりの目標をもたせる。
 ○1日に1回は発表しようと意欲づける(国語科に限らない。質問,教材を音読する,なども含む)。
 ○隣の人(同じ班の人)が「これ言ったら」などと励ますことが助けになる。
 ◎学級集団・学習集団の質(できているかどうか)が大きく影響する。
2,発言が一部の子に偏るのを避けるための指導
 ○楽しめる教材で,自然に話したくなるような授業の雰囲気を醸し出す。
 ○本筋からはなれた発言でもきちんと受けとめて,授業のなかに位置づける。
 ○ことば足らずの発言でも,教師(・クラスメイト)がことばを付け足して,みんなに示す。
 ○ひとりごとをみんなに提示・媒介する。
 ○集団で学習することの意義,授業はみんなでつくり出していくものということをわからせる。
 ○次回に,同じところを再度授業して,みんなで意見を交流することの楽しさ・大事さを実感させる。
 ◎学級集団・学習集団ができているか(その質)が大きく作用する(1と2は関係が深い)。
3,話し合いがからまない,深まらない場合の指導
 ○教師が問い返したり,「ゆさぶり発問」をしたりする。(子どもたちに返す教師のコトバがカギ)
 ○前置き発言・予告発言をさせて,教師が適切な指名をする。(教師の選択指名がカギ)
  関連発言のときは,できるだけ受ける(前者の)発言の要約・確認をしてから,発言する。
 ○書きこみをしていなくても,その場で関連発言することを認める。(関連発言ができることがカギ)
 ○「思ったこと(意味づけ,価値づけ)」を多く出させる。(通常,この発言には幅があるので活用)
◎教師が,話し合われていることを整理・焦点化し,課題を明確にする。
4,「柱だて」をした授業をする場合に留意すること(どんな時期・段階に,どんな配慮を,どんな学習形態で)
<その必要性>
 記述の順序にしたがって前から順に読んでいくと,重要な場面・内容を落としたり,大事な内容を取り上げる時間がたりなくなったりする。立ち止まり範囲内の関係づけを意識させる。授業が単調になりやすいのを避ける。
<時期・段階>
 ○様子,気持ちを分けて話し合いができ,また,関係づけができるようになった時期・段階。(文学教材)
 ○筆者の論理と自分の批評(意味づけ,価値づけ)を区別して話し合いができ,また関係づけができるようになった時期・段階。(説明的文章教材)
 ○立ち止まり範囲を大きくしていきたいとき。
 〔注〕中・高学年でなくても,持ち上がった低学年だと可能。
<配慮すること>
 ○順序だてて指導する(教師が子どもの発言をグループ分けして,柱をたてる・「発言登録」→子どもに柱を立てさせる→教師が柱を提示して,子どもに発言する場を意識させる)。
 ○小集団で話し合い,全体に出す。初めから全体で柱を立てる。
 ○柱を立ててから,短時間で再度書きこみさせる場合もある。
◎「柱を立てると発言が制限される」という意見がある。書きこみしていなくても発言を認めるようにしておくと,「話題が明確なので発言しやすい,と子どもは言う」という意見もある。読みの力の実態を反映する。
5,発言を長く,豊かにさせる指導
 ○短い発言にたいしては,「くわしく話して」「訳を言って」など,問い返して,長く詳しく話すようにしむける。
 ○概念的・抽象的なコトバを使う子には,「具体的に,わかりやすいコトバで話して」など指示して,言い直してもらう。(クラスメイトに,「よくわかりません」など,発言させる:話し合いのルール)
 ○授業記録(ビデオ,テープ)をみんなで読んで(見て,聞いて),自分の発言を振り返る場をもつ。
 ○小集団で話し合ってから,出た意見を落とさずに(まとめなくてもよい)代表に発表してもらう。
 ○話し合いの途中で,再度書きこみをさせる。
 ○授業の流れにのって「つけたし」などが随時出るように,授業にリズムとスピードをもたせる。

※「話し合い」のありようは「ひとり読み」の質におおきく関わっている。ここでは「ひとり読み」についてはふれないが,留意すること。「話し合い」のルール(すでに説明した)を身につけることも必要。
※「話す場」を,日常の教育実践のなかに設ける。
 ?スピーチ,プレゼンテーション,ポスターセッション,シンポジウム,音読・群読,
 ?1対1の対話,班活動,グループディスカッション,パネルディスカッション,ディベート(もどき),
※<「コミュニケーション力」の育成>というより広い観点から考えることもできるが,ここでは<「一読総合法」という「読み」の指導方法>という限定した観点から考えている。したがって,「きく意識・構え・力」を育てることが非常に重要なのだが,ここではふれない。

 「一読総合法」は「学級の在り様」と深く関係しています。すでに述べたように,「一読総合法」は子どもたちの「主体的な読み」を大切にあつかいながら,「子どもたちと共に」授業を創り出していきます。だから,子ども一人ひとりが学級の中でどのように位置づいているのかが重要になるのです。それで,これから「学級の在り様」にかかわることを少しずつ述べていきます。(初めに断っておきますが,ハウ・ツー的なことだけ・技術的なことだけを述べるつもりはありません。)(S)

<一読総合法と学習・学級集団>
 わたしと共に一読総合法の授業を体験してきた子どもの一人は,こんな感想を述べています。

<(略),先生は,文章の中味についてみんなと話し合いさせ,みんなの意見を聞いてくれて,みんなで読み進められるように授業を進めていってくれます。先生は,みんなと同じように意見を述べ,わたしたちの意見を聞いてくれます。でも,先生は少しへそ曲りで,わたしたちの意見といっちすることは少ないです。けれど,そこらへんがおもしろいところで,わたしたちが意見を出しても,その意見についての意見を出してくれなければ勉強は進みません。だから,先生がわたしたちとちがう意見を出してくれることがうれしいし,みんなとの勉強が楽しくなります。文章の上っつらのことだけではなく,中味の中味まできっちり考えさせられます。(略)。>
 別の子どもはこんなふうに書いています。
<(略),授業中,話が広がっていくときは,先生が種をまき,ぼくらがそれを大きく育てていく。花がさいたときはとてもいい気持ちだ。(略)。>
 ここには,児童と先生の関係の一端が現れています。先生の言うことは絶対,という関係ではなく,納得したら受け入れるという関係です。
 一読総合法は「対話」と「協同的学習」のうえに成り立っています。「対話」するためには,一人ひとりが自分の意見を持っていることが必要です(「ひとり読み」)。それだけでは十分ではありません。クラスが,発言がきちんと受け止められる協同的関係にあること,子どもと子ども,児童と先生の関係が対等である関係,そのような学級・学習集団であることが必要です。このような学級でない場合,発言する子がだんだん少なくなっていきます。
 
 ところで,少し以前から,授業(教授=学習過程)について,「教え込み」というコトバを交えてさまざま議論がされています。焦点は子どもの「(主体的)学習」についてです。児童言語研究会は最初からこのことについて議論を深めてきました。(その一端は,「大阪児言研」の項で述べています。)「ひとり読み」→「話し合い(集団の読み)」という過程にもそのことが現れています。認知科学は,「協同的学習」のなかで,学習(理解の拡充・知識の獲得)や理解の促進に直接つながる情報が生まれ,それらが共有され,さらに読みの能力や技能として「内化」されていくことを明らかにしています。この事実は,実践的にも明らかになっています。画家の横尾忠則は「共同制作で開かれる自分」という文章で,次のように述べています。
<(略),彼が加わったためにぼくの中の複数の他人がにわかに活性化して,思わぬ自己発見につながった。(略)。共同制作はお互いの差異を認めるところから出発しなければ共存できない。ぼくの彼の作品に対する態度は,可能な限り彼の作品を魅力的に美しく引き立たせることに徹すべきだと考えた。その結果は自分の作品も引き立って,生かされていることを発見した。(略)。>
 はじめに引用した「ちがう意見を出してくれることがうれしい」「勉強が楽しくなる」「花がさいたときはとてもいい気持ちだ」という子どもたちは,自分の意見・クラスメイトの意見がその場で生かされていることを実感しているのだと,わたしは思います。このように,授業(一読総合法)は「学級の在り様(学習・学級集団)」に大きく依存しているのです。同時に,授業(一読総合法)は「学級の在り様」に大きく寄与するのです。

<学級通信を発行すること>
 先に,<「一読総合法」は「学級の在り様」に深く関係している>と述べましたが,「学級の在り様」と関わることの一つに,<学級通信>があります。「学級の在り様」は,学級内の関係だけが関係しているのではなく,子どもたちの背後にある家庭,教師の背後にある学校,家庭や学校と関わっているPTA(地域社会),つまり,学級の外も関係しているのです。(それは日常の実践を少し「はみだす?」ようなことを学級がやれば,すぐわかります。)
 <学級通信>は学級内(子どもたち)に向けて発行するのですが,教師が知らないところで学級の外にも影響しています。それで助けられることもあれば逆のこともあります。が,わたしは信頼して<学級通信>を発行してきました。<学級通信>は,子どもたち(「学級の在り様」)に大きく影響します。が,同時に,教師自身にも大きく影響します。かつて,わたしはこんな文章(もう少しやさしいコトバで)を書きました。30年ほど前のことですが,今も同じように考えています。
  
<「学級通信」はまた,対父母・対子どもという関係において有効であるだけでなく,対自分(教師)という関係においても有効性を発揮します。それは,文章を書き続けるという営みに内在している自己の内面への凝視と自己変革の契機とでもいえるものでしょうか。たとえば,子どもの生活をその細部においてとらえ,記録するためには,小さなハプニングをすばやくとらえる敏感さが必要であり,同時に,それを一般化しうる想像力・理論が要求されます。従って,常に自分の「受信感覚」を研ぐことが求められ,結果として,自分を鍛えることになります。
 ところで,学級通信には,教師は自分をはっきり出すことが必要です。教師が逃げ腰であっては,親の本音(主体性)は出てこないし,親の信頼も得られません。学級通信に託して自己表現を試みるということは,同時に,子どもや父母との特別な<関係>をつくりだす試みでもあるわけです。また,「一人称」(「わたし」)で向かい合うという方法は,学級通信が陥りやすい「啓発的姿勢」から逃れる道でもあります。教師が啓発的に上からものを言うことがなぜまずいか,といえば,信頼ある<関係>をつくりだす妨げとなるからです。この先生はものごとがよくわかっている(教師の権威を認める),という方向にうけとめられるのではなく,先生はたてまえとして意見を述べているだけで本音は別だ,というふうに「誤解」され,信頼ある<関係>をつくりだすことがむずかしくなります。教師が自分を正直にさらけだすことによってのみ,子どもや親も正直に自分の考えを表わしてくれるのです。
 ついでに付け加えるならば,ある種の自己満足的な面があることを承知しつつ,「覚めていること」と「夢中になること」の交錯を体験するなかで,自滅しないで持続することが大事でしょう。(楽天的観測を述べるなら,当初は親のあいだに表だった反応が何もなくても,粘り強く発行し続けていれば,必ず,親の反応があらわれてくるし,必ず,支持くれる親があらわれてきます。もちろん,支持しない親の反応もあらわれてきますが,それは当然のことですし,読んでくれている証と受けとめればありがたいことです。>

 この文章は,同僚や後輩(同じ職場内だけでなく,広く)に,<学級通信を出してみませんか>と働きかけるために書いたものですが,当時,学級通信を出している先生は大勢(?)いました。「学級(集団)づくり」が今よりも盛ん(?)だったように思います。
 「一読総合法」をより良いものにしたいなら,学級通信を発行しませんか。(新開)

<一読総合法はN段階ある>
 児言研の元委員長だった小林喜三男さんは,生前「一読総合法はN段階ある。」とよく言われていました。
一読総合法はワンパターンではなく,実践が深まればダイナミックに展開できる「進化する指導法」だということでしょう。わたしもその事実は実感しています。
 大阪児言研では,林田哲治さんが『感性をゆさぶる文学の授業』(1984年刊)の中で,「わたしの周囲での授業研究をふまえて,現時点での展望を仮説として示す」と断って,
A:全員に書き込みや発表の力をつける段階
B:自分の考えと友だちの意見を比べて考える段階
C:書き込み・書き出しを豊かにする段階
D:書き込み・書き出しをもとにしながらそれを乗り越える段階
E:柱立てによる話し合いができる段階
F:表象化を省略して,重要な問題について話し合うことができる段階
という6段階を述べています。(それぞれの段階での詳しい内容は『感性をゆさぶる文学の授業』を参照)
 わたしたちは,小林や林田の思いを心にとめて,「進化する指導法」を念頭に,よりダイナミックな授業・授業研究を進めてきました。
 次に,大阪児言研の「授業の系統性」(文学編。2011年3月,共通確認。)を示します。(こちらからご覧ください

<一読総合法と批判読み>
 「批判的味読」というコトバを,わたしはこれまでにいろんな場で使ってきました。それは,「読む」という行為は,基本的にそういうものだと考えているからです。また,子どもたちの言語能力を育て,主体性を育てる「読み」も,本質的に<批判読み>であることを,わたしたちは当初から主張してきました。(『批判よみ』という書物を,児言研会員も共同執筆して,出したのは,1963年です。)
 「知識も経験も未熟な子どもに,批判ができるのか」という疑問や反論があります。しかし,子どもにもその子なりの論理も感情もあります。自分の考えをもとにして,書かれていることを解読しながら,納得したり,修正したり,反発したりして,言語能力(特に,ことばと認識・思考とのかかわりを明らかにする)を育てていくのです。その過程は,おとなも子どもも同じです。それは認知心理学の最近の研究が明らかにしています。
 わたしたちは,「読み」の実態を,読解・解釈と鑑賞・批評とがほぼ同時に行われている,と考えています。
 「批判的に読む」といっても,内容を理解する前からある一定の立場にたった読みの構えをとるということではもちろんありません。
 批判的な「読み」の能力(メタ認知的能力☆3)は,個人の力だけで獲得するのは,小学生ではなかなかむずかしい。特に,低学年ではそうです。そこで,「話し合い(集団読み)」が位置づいてきます。「話し合い(集団読み)」では,他者のことばによって,自分の「読み」をモニターしてもらえるので,その営みを積み重ねるなかで,批判的な「読み」の能力(メタ認知的能力)が獲得されるのです。低学年でも,共同思考(話し合い,討論)・子ども同士の教え合いによって,自分とは異なるいろいろな見方があることを知ることができ,その経験の積み重ねによってモニター機能が発達していく。だから,共同学習(話し合い,教え合い)は自己学習にとって重要なのです。
自らの意識をみつめるもう一つの意識の存在,自分の「読み」についての自覚的な分析ができること,このことが他者を認識する「まなざし」を育て,そのための方法を獲得することにもつながっていくのです。
 授業の目的が子どもの自己学習力(一読総合法では「ひとり読み」の力)を育てることにあるならば,「主体読み」の力を育てることを重視するのは当然の帰結です。
 井上尚美さんは次のように述べています。 〔『国語の授業』(No.122~124)参照〕
 「読むときの心理過程は,絶えずスキーマ(☆2)を作りながら,また,その途中でどんどんそのスキーマを修正しながら読み進んでいくダイナミックな活動にほかならない。そこで大事なことは,スキーマを調節・修正することだが,そのためには,スキーマを絶えず点検しモニターする「批判的な思考」(☆1)が重要になってくる。その「批判的な思考」の中には,自分の理解・思考の仕方そのものを反省するメタ認知的なスキルを含んでいる。
指導目標の例では
  • 筆者の考えや思いを読みながら,自分の考えをもつ。
  • 登場する子どもたちの実状を知り,自らの生活にも目をむける。
など
☆1 モニター機能としての自己批判力(批判的思考力)は,自己学習力の大事な要素です。
☆2 スキーマ=過去の先行経験から得た世界に関する諸知識や,また作品を読んでいる場合には,これまで読んだところから得た知識を通じて,心の中に構成された枠組み・構えのこと。
☆3 メタ認知=読みに関していえば,自分自身の読みを自己モニターして意識化・自覚化していくこと。
 内田義彦はこんなことを述べています。
 まず「信じて疑え」。本を読むからには「信じてかかれ」ということを申し上げたい。仮説的に信じて読むということです。・・・信じてかからなきゃ踏みこめないじゃないですか。信ずるところがあって初めて,読み深めの苦労が払える。(略)
 たとえばAさんの本を読んでいて,おかしいなと思うとき,あるいはおかしいなと思うところは,誰にでもあると思います。・・・そういう事実(と思われるもの)の発見があり,そこに何故といういぶかりがおこる。・・・その「事実に対する疑い」が,現実に,ある具体的な事実に対するはっきりとした形の「疑い」として読み手に提起され,それを解明する行為に結実してくるためには,その(疑いの)底に信の念が働いていなければならないでしょう。一つには,ここにはたしかに私にこう読めることが書いてあるけれど,それはどうしても変だという,自分の読みに対する信の念が。そしていま一つ。Aさんほどの人がいい加減なことを書くはずがないというかたちでの,これまた信の念が。
 この二つの面での信念に支えられて初めて,疑問がある事についてのハッキリした形での疑問として起こり,それを解くための苦渋にみちた探索が始まり,また持続するわけです。(略)
 漠然たる疑いは解きようがない。解くべき問題が,ハッキリした形で読み手に提起されてくるには,そもそもまず,端緒に於いて,この両面でのそれぞれに深い信念がいる。
 自分の読みに対する信念だけあって,・・・著者のA氏に対する信の心が無ければ,・・・ミスプリントか思いちがいだろう,といったかたちで,本文に勝手な改訂を加えて読むことで,解消してしまうでしょう。・・・本文の読みとばし・粗読です。(略)
 ・・・A氏一辺倒で,・・・著者にもたれかかって己を捨てた耽読は,深読・精読に似てさに非ず。盲信からくるこれもまた一種の読み飛ばし行為つまり本質的には粗雑な読みであって,・・・A氏の真髄にいたる道ではありません。
 ・・・自分の疑いに確信がもてなかった。だから,漠然たる疑問に終わってしまった。くりかえすようですが,漠然たる疑いは解きようがない。 (「読むこと」と「聴くこと」と)


<教材研究は,児童研究に密着して>
村松友次さんの雑誌論文から抜粋引用(文責:新開)
「一読総合法における教材研究」
1,立ち止まり箇所
 教師がその教材に何時間配当するかによって,1時間の進度が規定される。
逆に,教材の難易度,教材内部の難易度の分布によって規定された立ち止まり箇所によって,配当時間は,
増減する。
2,「くわしい話しかえ」を要する箇所
  ⊚情景が生き生きと目に浮かび,心に響いてくる場面。
  ⊚人物の感情,心理が生き生きと描かれているところ。
 これらの箇所で,各自にくわしい話しかえをさせる作業をさせる。
3,「短い話かえ」をする箇所
  これは抽象作業である。豊かな具体化をとおして事物や心情の本質をつかんだら,そのことがら,事件,人物の性格等を短く話しかえる作業を組む。
4,「予想」させる箇所
 ⊚一つのことがら,事件が一段落する箇所。
 ⊚次にはどうなるだろうと期待や不安が読み手に生じる箇所。
ここでは,各自に予想をたてさせる作業をさせる。
5,脱線を予防する箇所
 ⊚考えすぎたり,主要な筋からはずれる傾向のある児童が迷い込んでいきそうな箇所。
 ⊚比重をかけ過ぎて作品全体の思想を誤解したり,人物の性格に誤った判断をくだしてしまいそうな箇所。
 そのような箇所を,教師はあらかじめ注意しておく。
6,関係づけに注意する箇所
  さりげなく書かれていて,しかも前のある部分と関係している部分がある。
 ⊚前に提起しておいた疑問に答えているもの。
 ⊚予想をくつがえすもの。
 ⊚確信をいっそう強めるもの。
などなど,さまざまあるが,ここを読みおとしたり,誤解したりすると,作品の有機的な構成についての認識を欠落させてしまう。この点を読み取ることで,情景や人物の心理がいっそう生き生きととしたものになる。
7,批判の眼を育てる箇所
  児童は,一般的に,教科書教材の主人公は,善人で,道徳の時間の模範人物だと思っている。しかし,登場人物の性格に否定的な要素があるなら,そこは批判することが大事である。作者はそのように描いていて,そのことで作品の大きさを感じさせようとしているのだから。
8,「表現よみ」をさせる箇所
  感動的な場面は,思わず声を出してくり返して読みたくなるものである。芸術としての文学作品の感動を読み手に呼び起こす方法は「表現よみ」である。「主題」をつかませても,それは知的な理解であって,感覚としての理解ではない。文体のもつ体臭のようなものは,感覚としてキャッチしたものこそが,もし
言いたければ「主題」と言ってもよい。
9,感動の反省
  受けた感動は,少し時をおいてしずかに反省させ,反芻させる。どのような方法がいいか,考えること。表現よみもいい。口頭発表させるのもいい。作中人物になって,独白する(作文に書く)のもいい。それは教材の性格によって異なってくる。判で押したように,ただ感想を書かせるだけでは効果は少ない。
  しかし,感動というものを反省的にとらえることも,児童の知的発達にとって大切である。
10,作品の思想
  その教材を児童が読むことで得るものは何か。それは作品の思想である。教師がその作品を教材として選んだからには,こういうことを読み取って欲しいという願望はある。だが,それは押しつけるべきではない。われわれはただ馬を川に連れていくだけである。水を飲むのは馬である。

  以上述べた項目のどれをとっても,それを考える時,まず浮かぶのは学級の児童の顔である。児童の生活背景によって,この箇所はAにはよくわかるだろう,Bはこの箇所の人物の心情に共感するだろう。Cはこの箇所は理解しづらいだろう,というように。「一読総合法」は,「教材を児童に」でなく,「児童が教材を」という発想に立つものだ,とわたしは考えている。

<受業のあり方と子どもたちの読み>(1987年6月)
 日本書籍の4年教材に「花とひみつ」という作品がある。花の大好きなハナコちゃんの描いた,モグラが花の世話をしている絵が,偶然,秘密の研究所の所長のところに届く。所長は,「あまりにもみょうな計画だ。くわしく問い合わせてみようか」と,部下に相談すると,部下は「よしたほうがいいと思います。前にも何かを問い合わせておこられたことがありました。研究所は,研究して作りあげさえすればいいのだと。本国からの命令には,そのまま従ったほうがいいでしょう。」と答える。
 この部下の考えについて,感想・意見を聞いたところ,
A組(28人)では,賛成が16人,反対が6人だった。
○問い合わせてもおこられるだけで,どうせ教えてくれないのだから。
○研究所というのは,命令どおり,研究だけしていればいい所だから。
という賛成意見が,
○もしまちがっていたら,研究したことがムダになる。
○作るために使ったお金がムダになる。
という反対意見を圧倒していた。
B組(29人)では,賛成が0人,反対が20人だった。
○わけもわからないのに,命令に従うのはおかしい。
○きちんと理由を確かめる必要がある。そうでないと,研究をまちがいなく進めることが
できない。
というのが,反対の理由である。
 同じ学校の4年生なのに,これほど反応がちがったことに,わたしの方が驚いた。
なぜ,こんなに対照的な反応が現れたのだろう。
 学級を構成する子どもの生活のありようがその背景にあることは推測できるが,
より直接的には,担任の指導が関係していると思われる。しかし,A組の担任が威圧的,
権威的であるわけではない。
 一つはっきりと異なることは,国語の読みについての担任の姿勢である。
A組では,全文章を通読してしまっており,また,書かれていることをできるだけ受けと
る構えで学習しているのに対し,B組では,一読総合法的な学習形態をとっている。この
授業のありようの違いが,子どもたちの反応の違いに大きく作用しているのではないかと,
わたしは考えているのだが,読者のみなさんはどう分析されますか。

<ひとり読み>について
 大阪児言研常任委員会は,1975年8月に,夏季入門講座の資料として『用語解説』と題名をつけた小冊子を発行した。そこには,<ひとり読み>について,このように解説している。

 立ち止まりを決めたあと,まず「ひとり読み」の時間を設定する。読み手が自分ひとりの力で読み進める時間である。これまでに読み深めてきたことをもとに,表象を浮かべたり内言を活発に働かせたりしながら,自力で文章とぶつかるようにさせる。このとき,あとで述べるような「基本作業」(表象化・具体化・概念化・一般化・感想意見出し・予想・プラン)によって読みを深めるのであるが,これによって読み手の中に喚起される反応を言語化(外在化)し,漠然とした反応までを明確にしていくわけである。それによって,読み手に自己の読みとりを確かにさせ,内言や表象能力を豊かにさせていくことができる。
 また,「ひとり読み」は,教師の発問を待たずに,みずからの主体性で「基本作業」を駆使して文章を読みすすめていく。そのため,読み手は自己の総力をあげて文章にぶつからなくてはならない。それによって,子どもは自分の力で文章を読む力を身につけていくのである。
 「ひとり読み」の方法は,低学年ではまず「ひとりごと法」(読みながら,あるいは,聞きながら頭にうかんだことを自由に言わせること)から始め,ついで,テキストに「立ち止まり」ごとの読みとった内容や反応を書かせる「書き込み」を指導する。中・高学年では,「書き込み」から始めて,「書き出し」(直接テキストに書き込むのではなく,ノートや表に書き出させる)ができるようにしなければならない。
 なお,「書き込み」「書き出し」が自由にできるようになってくると,こんどは,その簡略化を図るようにすることが必要である。もともとこれらは自分の読みとりのメモであるから,記号の使用などをまじえて,早く書けるように指導することも考えられなければならない。

この『用語解説』は2度改定・修正し,2012年現在は1986 年7月版を使っている。内容に基本的な変更はないが,「基本作業」は表象化・具体化,概念化・一般化,感想・意見出し,予想・見通し,小見出しつけ,プランづくり,と少し修正している。

かなり以前から,「書き込み」「書き出し」などの技法は,一読総合法以外の授業法をとっている人たちにも使われるようになっている。読みの技法としての有効性があるからだが,「ひとり読み」→「話し合い(集団の読み)」という基本過程における「ひとり読み」がもつ<認識上の意義>や,「ひとり読み」における「書き込み」「書き出し」がもつ教育的な働きをどれだけ認識して活用しているのかは疑問に思う。技法には,技法じたいがもつ教育的な作用があるが,それは体系的な方法に位置づけられた場合の技法の機能・働きとは同じではない。このことには留意したい。

<言語論理(技術)教育>
一読総合法の基本姿勢は、「批判よみ」にあることは、これまでに述べてきたとおりです。
わたしのコトバでは、「批判的味読」と言っています。
それができるためには、読みの「技能」が必要です。
今回は、説明的文章を「批判的味読」するのに必要な基本的「技術」を育てるために、 わたしが高学年で授業した時に書いた計画書を、参考のために提示します。
(「技術」は授業できます。「技能」は児童が自ら学ぶしかありません。)

Ⅰ,大目標(方向目標):批判的思考力を育てる(国語科における認識・思考について考える)
◉「論理」に興味・関心をもたせ(意識させ), 「論理」重要性に気づかせる。
◉対象を分析的に認識する能力を育てる。
◉自分の考えを論理的に整理する能力を育てる。
◉自分の考え(主張)をコトバで正確に通達する能力を育てる。
◉自分の考え(主張)を,適切に(「論理的に」よりも広い概念)伝えるコトバ操作力を育てる。
Ⅱ,具体的な指導方法
◉討論の形できるだけとりいれる。(ディスカッション,ディベートまでやれるか?)
◉推論ゲーム・言葉遊びも活用する。
◉「とりたて指導」と「具体的な場面で実際に使う」ことを並行して行う。
◉教材は,可能な限り児童の文章を活用する。
Ⅲ,わたしの態度
◉児童の発言はすべて受けとめる。
◉ていねい語で対応する。
◉男女とも姓を「さん」で呼ぶ。
◉返事を要求する。
◉立って発言することを求める。
◉フラスメイトに向かって発言することを求める。
Ⅳ,評価の視点
◉授業中の発言に現れているか。
◉教室での日常会話・学級会などの発言に現れているか。
◉「読み」の学習に現れているか。
◉作文に現れているか。
Ⅴ,とりあえずの指導内容
◉文意識育てと4文型指導。
 ⊚判断が述部にあらわれる。
 ⊚認識対象を主部に置く。
◉語句の意味を自覚する。
 ⊚概念・意味(外延と内包。上位―下位。
 ⊚語彙(類義語,反対語,対語
 ⊚学習論理語彙(学習用語を意識する)
◉三段論法と推論ゲーム。
 ⊚「前提」「理由」と「結論」を区別する。
 ⊚語句の意味のずれに気づく。
 ⊚「理由」を「事実」で示す。
 ⊚「前提」の適用範囲を考える。(無意識の前提,隠れている前提に注意する。)
◉説明文を書く。
 ⊚授業について
 ⊚先生について
 ⊚クラスメイトについて
 ⊚語句を定義する

<参考>
2,「筋道を立てて考える」ための 前提となる認識力
① 可逆性の認識         
② 全体と部分(個物)の関係の認識
③ 相対性の認識―多値的な考え方
④ 根拠を問題にすること  
⑤ 一般化(抽象化)・具体化の能力
⑥ 分析 ←→ 総合の能力
1,「思考力」を支える基礎
① 比較する力
② 視点を変えて考える力
③ 「具体化 ←→ 一般化(抽象化)」の力
④ 「列挙→分類→体系化」の力
⑤ 推理する力

<文学作品の分析・教材化と指導計画>
一読総合法の授業を実践するための参考資料の一つです。(新開のリポート)
教材によって、参考にすることは多様にありますが、ここでは文芸作品に関することを紹介します。


 <基本姿勢>
 ◎作品(児童文学)を「教材」として読むとき、かならず、目の前にいる子どもから出発・発想すること。
 <この作品は、この子どもたちにとって、どんな意味や価値があるのか>と考えるところから、読みは始まる。

 ◎教師自身の姿勢・思想→子どもに向き合う姿勢・思想(言語観・文学観・国語教育観)→作品選択の視点
 
Ⅰ、作品分析(作品論) と 教材化
 1、作品分析(作品論):自分が確認するため、また、他者と共有するために、文章化する。
 ア、巨視的に:「主題」(作品のテーマ)、人物像、作品の構造、作者の思想・理想など
 イ、微視的に:語句・文・文章(場面)の意味、表現価値など(意味づけ、価値づけ)
 ◎作品を分析(理解)する際に、①作者や②作品群に関することを知らなくても、さしつかえない場合が多いが、作品によっては、①②の知識が必要な場合もある。(作品が発表された時期や掲載紙・誌なども)
 ◎「描写」と「説明」を正確に読み分ける。(境界線が微妙な表現もある)
 ◎「作者」と「語り手」の区別と関係(「視点」)を読み分ける。( 精緻に分析し過ぎないこと)
 ★作品自体に、作品を読み解いていくコードがある。それを見つけることが、分析作業にとって重要である。
  「コード」=作品に仕掛けられている、読者の読みのベクトルを指示する指標・記号、構造など。
   具体的には、題名、書き出し、作者名、序文(エピグラフ)、主人公(成長、変身)、視点人物、象徴など。
2、教材化:作品分析をもとに、どのような「もの・こと・ことばの見方・考え方・感じ方」(認識・思考・感性)を、どの表現(語句・レトリック)を媒介にして、どのような切り口・手順で、目の前の子どもたちに提示(発問)するか、文章化する。(「作品についての教師の読み」、「子どもの現在の言語力」、「指導目標・学習課題」など)
 ◎子どもたちにとって、アクチュアリティ(現在性・今)やリアリティが感じられるか。

[ 教材化の観点の例 ]
 A
 ①作者の意図(メッセージ)が露骨に提示されていないか。
 ②作品の本質的なところに、関心や親しみを持たせることができるか。
  瑣末なおもしろさのために、本質的な要素の魅力が薄められないか。
 ③どのような歴史的・社会的・文化的観点にたって、子どもの認識を豊かにしようとしているか。
 B
 ㋐登場人物の行動が、作品世界をクッキリと描きだしているか。
 ㋑登場人物が行動し、悩み、葛藤する場面は、人間の本質に迫るような状況として描かれているか。
 ㋒登場人物の(状況と関係づけた)形象は、人生についての肯定的な視点を提示し、働きかけているか。
 C
 ○い子どもの生活に親しいことばで、しかも規格にもとづいた措辞になっているか。
 ○ろ子どもの認識・思考・感性を豊かに育て・促すような題材・表現であるか。
 ・現実の人間や社会の多様性・多面性(立場・視点)に橋渡しできる接点(もの・こと・ことば)があるか。
 ○は子どもの「今」の関心事に接点があるか。
 ・学びがい(読み手にとって、意義・価値が認められる)があるか。

<「一読総合法における教材分析」⇐=材研分析は、児童研究に密着して>
1,立ち止まり箇所
 教師がその教材に何時間配当するかによって、1時間の進度(立ち止まり範囲)が規定される。
逆に、1時間の進度(立ち止まり範囲)は、
①教材の難易度、教材の構造、②児童の読みの力、③指導内容、によって規定され、配当時間は、増減する。
2,「くわしい話しかえ」(表象化)を要する箇所
  ○情景が生き生きと目に浮かび、心に響いてくる場面。
  ○人物の感情、心理が生き生きと描かれているところ。
 これらの箇所で、各自に、くわしく話しかえる(表象化)作業をさせる。
3,「短い話かえ」(概念化)をする箇所
  これは抽象作業である。豊かな具体化をとおして事物や心情の本質をつかんだら、そのことがら・事件・
人物の性格等を短く話しかえる(概念化)作業をさせる。
4,「予想」させる箇所
  ○一つのことがら、事件が一段落する箇所。
○次にはどうなるだろうと期待や不安が読み手に生じる箇所。
ここでは、各自に「予想」をたてさせる作業をさせる。
5,脱線を予防する箇所
  ○考えすぎたり、主要な筋からはずれる傾向のある児童が迷い込んだりしそうな箇所。
  ○比重をかけ過ぎて作品全体の思想を誤解したり、人物の性格に誤った判断をくだしたりしそうな箇所。
 そのような箇所を、教師はあらかじめ点検しておく。
6,「関係づけ」に注意する箇所(伏線)
  さりげなく書かれていて、しかも前のある部分と関係している部分がある。
○前に提起しておいた疑問に答えているもの。
○予想をくつがえすもの。
○確信をいっそう強めるもの。
などなど、さまざまあるが、ここを読みおとしたり、誤解したりすると、作品の有機的な構成についての認識を欠落させてしまう。この点を読み取ることで、情景や人物の心理がいっそう生き生きとしたものになる。
7,批判の眼を育てる箇所
  児童は、一般的に、教科書教材の主人公は、善人で、道徳の時間の模範人物だと思っている。しかし、登場人物の性格に否定的な要素があるなら、そこは批判することが大事である。作者はそのように描いていて、そのことで作品世界の豊かさ・複雑さを感じさせようとしているのだから。
8,「表現よみ」をさせる箇所
  感動的な場面は、思わず声を出してくり返して読みたくなるものである。文学作品の感動を読み手に呼び起こす一つの方法は「表現よみ」である。いわゆる「主題」と言われるものをつかませても、それは知的な理解であって、感情を含んだ受容ではない。文体のもつ体臭のようなものを、感覚的に・感性をとおしてつかむことが大切である。
9,「感動」の反省
  受けた感動は、少し時をおいてしずかに反省させ、反芻させる。どのような方法がいいか、作品世界のありようや読み手に応じて、考えること。「表現よみ」もいい。口頭発表させるのもいい。作中人物になって独白する(文章に書く)のもいい。それは教材の性格によって異なってくる。判で押したように、まんぜんと感想を書かせるだけでは効果は少ない。
  しかし、「感動」を反省的にとらえることも、児童の知的発達にとって大切である。
10,作品の思想
  その教材を児童が読むことで得るものは何か。それは作品の思想である。教師がその作品を教材として選んだからには、こういうことを読み取って欲しいという願望はある。だが、それは押しつけるべきではない。教師は「気づかせる」ことはできるが、それを受容するかどうかを決めるのは児童である。

  以上述べた項目のどれをとっても、それを考える時、まず浮かぶのは学級の児童の顔である。児童の生活背景によって、この箇所はAにはよくわかるだろう、Bはこの箇所の人物の心情に共感するだろう。Cはこの箇所は理解しづらいだろう、というように。「一読総合法」は、「教材を児童に読ませる」のでなく、「児童が教材を読む」という発想に立つものだ、とわたしは考えている。

Ⅱ、授業計画(学習指導案)
1、指導目標(全体目標)を明確にする。
 ①目標を分類する。
  ・作品世界を読み取るための内容的なことがら。(到達目標)
  ・「読み」を支える技術的なことがら。(到達目標)
  ・「読み」への興味・関心・態度的なことがら。(方向目標)
 ②目標の関連を明示する。
2、全体計画と時間配分
 ◎目標達成に必要な授業時数を決める。(時間がかかるという発想でなく、これだけは必要と考える。つまり、時間をかけるという構えで決める。必要な時間は作り出す。)
3、各授業時間の指導目標を明確にする。(全体目標と関連づける)
 ・言語力に関する目標を明示する。
4、その時間の授業(教授・学習活動)を想定する。(「授業案」)
 ◎指導目標の達成に必要な中心的活動とそれを支える活動を、どのような手順で組織するのか、明示する。
 ○教材へのどのような切り込み、子どもたちへのどのような発問が、学習集団を成立させ、子どもたち自身の
  問いに発展していくかを想定する。(話し合い・討論をさせること・語句を、予め設定しておく)
 ・学級集団と小集団をどのように関係させるか。小集団をどのように活用するか。
  (「個人的思考」にゆだねる・とどまる、か、「集団思考」を必要とする・へ発展する、か、を考える。)
 ○教材の何(どのこと、どのことば)が、子どもに親しみや興味をもたせるか。
 ○子どもが人間や社会・文化についての認識を編み直す接点・契機はどこにあるか。
 ○子どもが日常性を異化できる視点を学ぶ契機はどこか。
 ○子どもが誤解したり、理解に困難を感じたり、疑問をもったりする点はどこか。
 ・「関係づけ」の観点から、必ず押さえておくことは何(どのこと、どのことば)か。
 ・「くわしい話しかえ」(「表象化」「描写と説明の関係」をおさえて)を必要とすること・ことばは何か。
 ◎授業を想定するなかに、授業者自身の課題(「この授業で、この課題に迫りたい」)も組み込む。
  (このことの積み重ねと反省が、授業の実力を高める)


<「話し合い指導で困っていること」について考える>
児童にとって、「話し合い(集団の読み)」はとても重要な活動です。
最終的な目標である「ひとり読み」の技能を身につけるのに不可欠な活動だからです。

「話し合い(集団の読み)」指導はむずかしい、ということをよく聞きます。
たしかに、授業を見せてもらっていて、そこのところは少し違う、
○子どもたちの思考の流れとずれている、
○教材を読み深める方向とずれている、
と感じることが時々あります(傍目八目ですが)。

そこで、かつて大阪児言研で話したことを、参考のために提示します。

基礎・基本(基盤つくり)は、
◎「授業はみんなでつくりだすもの」という意識・姿勢を培うこと。
◎子どもたちのあいだに「応答関係」を築くこと。

1.書きこみはしているのに発表しない子の指導
 ○書きこみをしている時(ひとり読み)に見て回って、ほめる。発言を促す。
 ○自分なりの目標をもたせる。
 ○1日に1回は発表しようと意欲づける(国語科に限らない。質問、教材を音読する、なども含む)。
 ○隣の人(同じ班の人)が「これ言ったら」などと励ますことが助け(自信を持たせる)になる。
 ◎学級集団・学習集団の質(どの段階まで育っているか)が大きく影響する。
2,発言が一部の子に偏るのを避けるための指導
 ○楽しめる教材で、自然に話したくなるような授業の雰囲気を醸し出す。
 ○本筋からはなれた発言でもきちんと受けとめて、授業のなかに位置づける。
 ○ことば足らずの発言でも、教師がことばを付け足して、みんなに示す。
 ○ひとりごとを、教師がみんなに媒介・提示する。
 ○集団で学習することの意義、授業はみんなでつくり出していくものということをわからせる。
 ○次回に、同じところを再度授業して、みんなで意見を交流することの楽しさ・大事さを実感させる。
 ◎学級集団・学習集団(その質)が大きく作用する(1と2は関係が深い)。
3,話し合いがからまない、深まらない場合の指導
 ○教師が問い返したり、「ゆさぶり発問」をしたりする。(子どもたちに返す教師のコトバがカギ)
 ○前置き発言・予告発言をさせて、教師が適切な指名をする。(教師の選択指名がカギ)
 ○書きこみをしていなくても、その場で関連発言することを認める。(関連発言ができることがカギ)
 ○「感想・意見(意味づけ、価値づけ)」を多く出させる。(この発言には幅があるので活用すること)
◎教師が、話し合われていることを整理・焦点化し、課題をハッキリさせる。
4,「柱だて」をした授業をする場合に留意すること(どんな時期・段階に、どんな配慮を)
<その必要性>
 記述の順序にしたがって前から順に読んでいくと、重要な場面・内容を落としたり、大事な内容を
 取り上げる時間がたりなくなったりする。また、授業が単調になりやすいのを避けるため。
<時期・段階>
 ○様子、気持ちを分けて話し合いができ(文学)、
◯語句の内容と表現を分けて話し合いができ(説明的文章)、
そして、関係づけができるようになった時期・段階。
 ○中・高学年でなくても、持ち上がった低学年だと可能。
<配慮すること>
 ○順序だてて指導する(教師が子どもの発言をグループ分けして、柱をたてる。発言登録させる─→
子どもに柱を立てさせる─→教師が柱を提示して、子どもに自分が発言する場を意識させる)。
 ○小集団で話し合い、全体に出す。初めから全体で柱を立てる。
 ○柱を立ててから、短時間で再度書きこみさせる場合もある。
◎「柱を立てると発言が制限される」という意見がある。書きこみしていなくても発言を認めるように
しておくと、「話題が明確なので発言しやすいと子どもは言う」、という意見もある。
5,発言を長く、豊かにさせる指導
 ○短い発言にたいしては、「くわしく話して」「訳を言って」など、問い返して、
長く詳しく話すようにしむける。
 ○概念的・抽象的なコトバを使う子には、「わかりやすいコトバで話して」など指示して、
言い直してもらう。
 ○授業記録(ビデオ、テープ)をみんなで読んで(見て、聞いて)、自分の発言を振り返る場をもつ。
 ○小集団で話し合ってから、出た意見を落とさずに(まとめなくてもよい)代表に発表してもらう。
 ○話し合いの途中で、再度書きこみをさせる。
 ○授業の流れにのって「つけたし」などが随時出るように、授業にリズムとスピードをもたせる。

「学級通信」を発行して、授業中に発言しなかった(できなかった)子の意見をみんなに知らせること。



大阪児言研